誰にも言えない感情を持つあなたへ。
あなたの周りには、他者の苦悩を考えず、自らの欲望や傲慢さだけを追求した、「終わらないパーティー」のような喧騒が存在しないだろうか。
しかし、「悪の盆踊り」のような傲慢さが主役の祭り騒ぎの熱狂的な高揚感は、一瞬の隙をついてすべて消滅させることができるのだ。
自らの力に酔いしれる「傲慢」が、突如として訪れる「無限に純粋な静寂」によって消し去られる現象。この「絶対的な裁き」の正体こそが、真実を探求する鍵となるのだ。
この記事は、楽曲を聴きながら読み進めることで、より深く真実に触れることができます。下のプレイヤーで再生しながらお読みください。
傲慢さが主役の「悪の盆踊り」という偽り
曲のタイトルが変わった真意
この曲は、制作当時「ハッピーハロウィンfeat.ダークサイド」というタイトルだったのですが、強く断定的な「うぬぼれた君たち、さようなら。」に変えました。
ハッピーハロウィンは、一時的に悪役が主役となることを許容する偽りの安息日です。
しかし、わたしが感じたのは、その「うぬぼれ」は決して永続的ではないということ。
楽曲のテーマは、傲慢さが持つ「時間切れ」を宣告することにあります。
どこの世界でも、悪を善とするような間違った英雄が生まれたり、人を茶化して笑いを取るようなハラスメントなど本当にたくさんの悪は日常にもあります。
そんな人たちが、今は何の不満もなくのうのうと楽しんでいるように見えますが、そんな時間は短命で偽りの永続性でしかないのです。
🔑 一瞬の隙をつく「絶対的な静寂」の正体
熱狂の裏側
もともとこの曲は、強い物語性を脳内で発生させて作っていた曲です。
まず思い浮かんだのは、悪魔たちが強い燃え盛る日の前で大宴会をしていた様子です。
何かを始めるため、または成し遂げた後の祭りを表現しています。
そして、その祭りがだんだんと盛り上がりを迎える前に、一度音を消滅させています。
それは、悪魔たちがその後の勢いを増すためのエネルギーをため込んでいる様子でした。
そして、その無音の後には、曲のテンポと音階が上がり、さらにヒートアップした祭りを表現してみました。
もうだれにも止められない、もう自分たちは最強だと思わずにはいられない悪魔の熱狂的なこころを表しています。不安定な音もそのものです。
これは人間の悪魔的な心にも共通する、人を傷つけて盛り上がるような、もっと残酷な現実を音にしているのです。
ですが、この曲のラストは、無音になる前に、完璧に悪を一瞬で滅ぼした正義があるという真実を音にしています。
これはタイトルが変わる前から、このイメージに沿った音作りをしていました。
その一瞬で滅ぼすことができるのは、悪よりももっともっと気高い存在でしかないです。
強い人間も弱さはあります。
最強の力が介入しないと、成し遂げられないことがこの世にはあるのです。
聖書を読んだことがあるのですが、神の勝利は、単なる物理的な強さではありません。
それは、「愛」と「赦し」という形で現れ、命を傷つけるすべての鎖(支配、トラウマ、罪悪感)を断ち切る力となります。
この曲を聴いて感じてほしいのは、外部の華やかさや力強さに惑わされることなく、その熱狂の奥底に潜む「虚無」を感じ取ってほしいなという願いです。
究極的な『真実』とは
楽曲のクライマックスである熱狂的な祭典が、突然、一瞬の隙をついて完全に消滅させられる瞬間は、覆すことが不可能な「絶対的な純粋なもの」です。
その純粋性は、傲慢や偽りといった濁りやノイズを一切許容しない、「一生続く静寂」です。
傲慢さがピークに達したとき、それは真反対のこの絶対的な力と衝突し、抵抗する間もなく、跡形もなく消え去るのです。
これは、有限な人間の努力(Chronicle.13)が終わった後に、初めて受容することが可能になる、無限の領域からの「呼びかけ」であり、「冬という静寂」の後に訪れる、真の安息の始まりを意味します。
消滅の音像が示す「無条件の受容」
楽曲が表現する消滅の音像は、じわじわと、静かで完全な「停止」です。
これは、傲慢なエネルギーが、それよりも遥かに大きな、無条件の受容と出会った結果、単にその存在を維持できなくなったことを示しています。
うぬぼれた君たち、さようなら。というタイトルは、誰かによる裁きの宣言というよりも、絶対的な真実が、傲慢という偽りの概念を、静かに削除した瞬間の記録なのです。
その熱狂の奥底に潜む空虚さをどうするか
あなたは、転がっている傲慢さや偽りの熱狂が、いつか「無限の静寂」と出会い、消滅させられる瞬間を想像できますか?
そしてあなたが、その偽りの熱狂を消滅させ、静寂を生み出す側になりますか?
このように、この真実を知ってから、もう一度聞いてほしいです👇👇











