誰にも言えない感情を持つあなたへ。
宗教の話ではない。人が作った神と呼ばれるものは、所詮偶像に過ぎない。
何かにすがりたくなる時、そんな窮地に追い込まれたとき、人は神と呼ばれるものを探し求める。
そのありふれたバーチャルや偶像さえもいつかは廃れる。
私たちは、自らの力を過信し、時には他者に過度に依存して、人生という荒波を乗り越えようともする。
しかし、その両方に限界があることを、痛ましいほど知っている。
その確信がいかに脆く、自分を追い詰めるものだったかを思い知らされるのだ。
この真実の叫びこそが、第一章の探求を終える最後の鍵となる。
この記事は、楽曲を聴きながら読み進めることで、より深く真実に触れることができます。下のプレイヤーで再生しながらお読みください。
支配の連鎖から抜け出す
二重の苦しみ
私たちは、「自分で人生を切り開かなければならない」というプレッシャーにさらされながら、同時に「他者の期待や評価」という見えない糸に操られています。
手放す瞬間も手に入れる瞬間も、すべて自分で管理するエネルギーは、自分をすり減らすだけの虚しい戦いでした。
しかし、その「コントロール」という概念自体が、自分を縛り付けるための幻想であると気づいたのです。
自分自身でも、他者でもない、もっと大きな、計り知れない存在にすべてを委ねようと決意したとき、私は初めて、支配という名の虚無から抜け出す出口を見つけたのです。
サウンドに暗号化された偶像が砕け散る音
楽曲の冒頭で響くピアノの音は、私が必死に守り、「自力」や「偶像」という名の虚無が、砕け散る音です。
人間が作り上げた小さな世界では、もうこの魂の渇きを癒やすことはできないと悟った瞬間。
その砕け散った瓦礫の中から、言葉にできない光の予感を見つけた瞬間の、魂の震えを音にメロディーにしています。
それは負けてしまった叫びではなく、勝ち目のない戦いを終え、もっと大きな流れに身を任せるための「勝利の降参」なのです。
🔑 すべてを「捨てる」ことで得られるもの
「コントロール」という病の終焉
この楽曲には、私の魂の叫びがそのまま込められています。
私は、生きてく強さを自分でコントロールできると信じ込んでいました。
そして同時に、人からコントロールされることの虚しさに絶望していました。
でも、それはあまりにも脆い前提から生まれた苦しみでした。
優しさだと思っていた自分の弱さから、他者からのコントロールから逃げられず、すべてを捨てて本当の自由を手にするとき、初めてそれまでのちっぽけな概念が消え去ったのです。
何もかもがなくなった時、私の内側にあった黒い塊は一気に去りました。
自分でコントロールしようとすることをやめ、誰からもコントロールされることを拒み、ただ私を愛してくれる、存在を許してくれる大きな愛へと自分を繋ぎ直すための、これは私なりの儀式でした。
未知なる力への信頼
自分の周りに存在していた、世の中のしがらみや空虚感、怒りや悲しみすべてを投げ捨てたとき、決して揺らぐことのない無限の愛を感じました。
わたしは冷たい人間だと言われたり、自分勝手と言われたり、そして、お前は幸せになれないと言われたこともありました。
他者は好き勝手に優しい人を自分の都合でコントロールしたがります。
その人の価値観を押し付けてくるだけで、その後の責任は誰も取ってくれないのです。
言いたいことだけ言って、傷つけても何も責任も取れない人たちの弱さを知って、何もかも手放す決意をしました。
偶像やアイドルやまやかしを愛する偽物の光を探すことはしません。
この楽曲は、「自分の力を諦め、愛の源にすべてを委ねようとしたとき、人は初めて、誰にも侵されない真の強さに触れる」という、私の探求の記録なのです。
未完成の自分を愛してみようか
あなたは、人生のすべてをコントロールしようと、必死過ぎてはいないでしょうか?
誰かに、あるいは社会という大きな仕組みにコントロールされる虚しさに、言葉にならない叫びを飲み込んではいないでしょうか?
このように、この真実を知ってから、もう一度聞いてほしいです👇👇










